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大阪地方裁判所 昭和31年(レ)43号 判決

控訴人 木村末野こと木村スエノ

被控訴人 高津金治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金十万円及びこれに対する昭和二十九年三月六日以降完済まで年五分の金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、いづれも原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

証拠として、控訴人訴訟代理人は、甲第一号証を提出し、原審における被控訴人本人、原審並びに当審における控訴人本人各尋問の結果を援用すると述べ、被控訴人訴訟代理人は、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用すると述べた。

理由

被控訴人の権利に属する本件電話加入権の名義が、昭和二十八年六月三十日被控訴人の申出により、同年七月一日被控人から控訴人に、又昭和二十九年三月三日同人から訴外田村太一に、それぞれ変更されたことは、当事者間に争がない。

そこで、先ず控訴人は、被控訴人から本件電話加入権を譲受けたと主張するので按ずるに控訴人は原審並びに当審において、右電話は、被控訴人が当時控訴人に対し負担していた約六万円の宿泊料飲食費代金債務の代物弁済とする意思又は贈与の意図の下に、控訴人に対しその権利を譲渡したものである旨供述するけれども、後記の証拠に徴してにわかに措信し難く、却つて、被控訴人本人訊問の結果(原審並に当審)によれば、電話売買業者である被控訴人は、昭和二十八年一月から同年七月頃までの間、屡々旅館業を営む控訴人方を営業上の連絡場所として利用していたところ、同旅館には当時電話がなく、不便を感じ、自己の有する本件電話加入権をこれに利用しようと考えたが、当時施行されていた電話規則により、自己の現住しない他人方へ設置場所を変更することは認められなかつたので、控訴人の名義を借り同人方へ設置することとし、同人に対し右の事情を告げて名義借用の承諾を得、被控訴人においてこれを使用するほか、控訴人の使用をも許し、通話料は控訴人の負担とすることに定めた。そこで被控訴人は形式上本件電話加入権を控訴人に譲渡したこととしてその名義の変更手続をした上、名義人となつた控訴人方に架設場所を変更したことが認められる。右事実によれば、被控訴人は自己の専用していた本件電話をその設置場所を変更して控訴人との共同使用に移したものに外ならないものと認むべきであつて、権利譲渡の意思及びその表示は到底認められない。右譲渡の外形は、第三者に対する関係において両者相通じてした虚偽の意思表示に基くものであつて、もとより当事者間において効力を生じない。そして他に右認定を覆えし、控訴人の主張事実を是認するに足る証拠は存しない。

次に控訴人は、仮りに被控訴人において、右権利の譲渡の真意がなかつたとしても、同人はこれを秘し、単に譲渡する旨の申込をなし控訴人はそれを承諾したのであるから、譲渡は有効であると主張するけれども、被控訴人において、単に名義の移転を申入れたことはあつても、権利譲渡の申入をしたという事実が認められないことは前段認定のとおりであるから、控訴人の右の理由による権利譲受の主張も又理由がない。

従つて被控訴人において、控訴人が一旦被控訴人より譲受けた電話加入権を侵害したとする不法行為の主張は、その理由のないことは明らかである。

最後に、被控訴人において控訴人の電話加入権の準占有を侵奪したことに因る損害賠償の請求につき判断する。

おもうに、占有訴権の一内容として規定せられている損害賠償請求権は、その性質上、右訴権の本来的内容たる物権的支配状態の回復を求める物上請求権に属するというよりは、むしろかゝる支配状態の侵害の金銭的補償を求めるものであるところより、債権的請求権としての性質を持ち、その故に一般の不法行為に基く請求権の一種に包含せられるものと解し得るのであるが、それにも拘らず、その発生が、権利の仮象としての占有の侵害に基くものである以上、本来の占有訴権の要求する迅速性は当然には要請せられないとしてもその附随的乃至代替的救済として、占有訴訟の解決と同程度の早期解決を要する性質の権利と見らるべく、この点一般の権利侵害による損害賠償請求権とは同視し得ず、短期(一年)の出訴期間を定めた民法第二〇一条の規定は、当然これにも適用があると解されると共に、この請求権によつて補償せられる損害の範囲は、本件において控訴人の主張する如く、占有を侵奪された目的物が後日占有者の手に回収された場合においては、その占有喪失期間内において目的物の事実的支配が不能に帰したことの損害がこれに該当することはあまねく異論を見ないところであるが、目的物そのものについての損害としては、目的物の本権の価値(その取引価格乃至は回収価格)がそのまゝ損害となり得ないことも、これまた異論のないところといわねばならない。今本件において、控訴人の準占有の侵奪されたと主張する日は、昭和二十九年三月三日であるにかかわらず、本件訴状の提出はこれより一年以上を経過した後である昭和三十年四月四日になされていることが記録上明らかであるから、損害賠償の請求は、出訴期間不遵守の点において失当であると共に、その対象たる損害について、目的物たる電話加入権の一切の権利(即ち本権)を侵奪者の承継人より買取つた対価をそのまゝ損害として主張、請求する点(控訴人が目的物喪失前に、その本権を有していたことの認められないことは前述の通りであるから、実質的に見て、控訴人は喪失物以上の本権をも回復した結果となる)において、これまた失当であり、結局控訴人の準占有侵害を原因とする請求は、右いずれの点よりするも、その理由のないことは明白である。

以上の次第であるから、控訴人の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきものであり、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて本件控訴はその理由なきにより、民事訴訟法第三百八十四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 松本保三 梅垣栄蔵)

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